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『ダイバーズ!』 第二十五章 【暴力と血と】 ⑧

「隊長、菊池と合流した」

「わかったわ。四十秒後に突入する。二十三時◯五分◯◯だ。沢田が撃ち始めたら、窓から手りゅう弾を投げ込んで突入しろ。沢田は、階段の下でダミー射撃の準備」

 沢田も作戦に取り込まれている。ここで尻込みしたのでは、全員に死のリスクを負わせてしまう。恐怖を振り切って、階段の下へ走った。

壁に背を当てて、マグナムを握りしめた。顔をのぞかせて、階段の上を見上げた。暗く狭い階段。人が入ってくるのを拒んでいるようだった。

「十秒前」

 黒木冴子のカウントダウンが始まった。撃鉄を引き上げた。マグナムの反動は大きい。銃を握った片手だけ出して撃つことはできない。体ごと乗り込んで、両手で撃つしかない。階段の下に飛び込んで、撃つ。階段の上から狙われていたら、撃たずに左足を軸に体を回転させて身を隠す。こちらを狙っていれば、撃たなくても姿だけ見せればダミーとしての役割は果たせるはずだ。何度も頭の中でシミュレーションを繰り返した。

「二、一、ゼロ」

 階段に身を乗り入れると、上の階に向かって引き金を引いた。誰もいない。続けて、引き金を引いた。突然、上の階で窓ガラスが割れる音がして、手りゅう弾の爆発音が起こった。マシンガンの掃射音があとに続く。後藤たちが突入した。

 沢田は上の階に銃を向けたまま撃つのを停止した。再び手りゅう弾の爆発音。短いマシンガンの掃射音が断続的に聞こえる。

 インカムから後藤の声が流れた。

「とんでもねぇ、化けモンが出てきやがったぜ」

「だからいったろ。厄介なもん見つけたって。今、おまえの目を通してこっちでも画像を見てる。寺井が解析中だが、見ての通り、手足は機械モンだ」

 拳銃を握る手を解いて携帯端末を取り出した。端末に映し出された画像の異様さに、目が張りついたように動かなくなった。手足が異常に長い男が部屋中を飛び回っていた。壁や床の上をジャンプで渡り続けている。ゴムボールが弾け回っているようだった。

「出たぞ、長谷川さん。そっちに回す」

 寺井の声。

「寺井がデータを見つけた。それは北朝鮮製の鎌ガエルってやつだ。六年前の韓国との軍事衝突の時に登場したことがある。武器は腕から飛び出したあのでかいナイフみたいな奴だけだが、カエル並の跳躍力を持っている。反射速度は後藤の二十四倍だ。近づかれたら終わりだぞ。とにかく撃ちまくれ」

「おれに勝ち目がねぇってことじゃねぇかよ!」

「時間がかかる足の伸縮を狙うのよ。ヤツの足元を撃って」

「馬鹿野郎! 部屋中を飛び回ってるんだぞ。銃弾の補充で精いっぱいだ!」

「長谷川、奴の着地ポイントを割り出して、後藤に送って」

「隊長。計算はできるが、後藤の反射速度が追いつかねぇ」

「いいから、送って」

「後藤、送るぞ。奴が飛んだ瞬間に計算する予測軌道と着地ポイントだ。出た瞬間に着地ポイントが撃てれば、おまえの勝ちだ」

 携帯端末に青い放物線と赤い点が、一秒間に四つから五つ次々と映し出されては消えていく。鎌ガエルは放物線の上を飛び、赤いポイントで着地しているが、目で追うことすら困難な速度だ。

「馬鹿野郎! 消してくれ! こんな速度、追えるはずがないだろう! 見づらいだけだ。早く消せ!」

「長谷川、消して。後藤、どうやら今の三人じゃムリなようね」

「ふざけんな! 逃げ出すこともできねぇ。なんとかしてくれ」

 いつも感情をかみ殺したように沈めた口調で話す後藤が叫んでいる。踏み外して転落しそうな崖っぷちにいる危機感が伝わってきた。

「隊長、どのみち、後藤たちが持っているマシンガンじゃ、ブレが大きすぎて無理だ。あれは狙って撃つもんじゃねぇ。弾をばら撒くだけの銃じゃ太刀打ちできないぞ」

「長谷川、パターン分析を開始しろ。十六回先の着地ポイントを予測する。基準は後藤の銃撃パターンよ。沢田、出番よ。二階に上がれ」

「わかった。だが、十六回先となると、予測精度は六十パーセントもいかないぞ」

「それで充分よ」

 後藤たちが三人がかりで捉えられない相手。黒木冴子は沢田に何をさせる気だろう。だが、今、事態は沢田の腕にかかっている。後藤たちを見殺しにすることはできない。沢田は両手でマグナムを構えたまま、階段を駆け上がった。