日本小児整形外科学会

2017年Iwamoto-Fujii Ambassador報告

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2017年度Iwamoto-Fujii Ambassador帰朝報告

門内一郎
宮崎県立こども療育センター整形外科

この度2017年度4代目Iwamoto-Fujii Ambassadorとして、2017年6月30日から7月16日にベラルーシ共和国の首都ミンスクにあるRepublic Scientific-Practical Center of Traumatology and Orthopedics (RSPC TO)を訪問しましたのでここにご報告いたします。

今回私が応募させていただいたのは、小児整形外科医としての経験年数は8年程度と浅く、もっと世界の小児整形外科に触れてみたいと考えてのことでした。本来のJPOA Ambassadorという立場とはほど遠いのですが、佐賀整肢学園こども発達医療センター和田晃房先生の後押しもあり、そこをあえて応募させていただいたというのが本音です。

さて、無事に選出していただき非常に有り難いと思いつつも、さてどこへ行こう?と悩むことになりました。もともとはアメリカに行ってみたいと思っていたのですが、アメリカは手続きが煩雑でオペ見学もままならない、ましてや手洗いなんてとんでもない、それ以前にアメリカ訪問先の伝がないという状況でした。そのような中、九州大学整形外科・中島康晴教授、佐賀整肢学園・和田晃房先生が暖かく手をさしのべてくださり、無事にベラルーシ共和国にあるRSPC TOへと訪問先が決定いたしました。
ここで、ベラルーシ共和国のことをご存じない方も多いと思いますので、ご紹介させていただきたいと思います。ベラルーシ共和国は日本から西へおよそ8000km離れた東ヨーロッパに位置する共和制国家で、東にロシア、南にウクライナ、西にポーランド、北西にバルト三国の一角であるラトビア、リトアニアと国境を接する内陸国家です。人口は約940万人、総面積は日本の半分程度で、言語はロシア語とベラルーシ語があり、日常的にはロシア語が多く使用されています。そのため、街中で英語表記は皆無で、英語でのコミュニケーションは全くとれません。そのような国ですので、2013年の調査で在留日本人総数はわずか50人あまり、日本人の99%以上が行くことのない国と言われています。

首都ミンスクは北海道の北に位置する樺太島の最北端とほぼ同じ緯度に当たり、夏は温暖で冬は長く寒さが厳しいのが特徴の亜寒帯温潤気候です。私が訪れた7月の平均最高気温は23℃で、観光に最適時期と言われています。にもかかわらず、訪問した2017年7月は10年に一度の冷夏で、朝の平均気温は10℃以下とジャケットを着ていても凍えるくらい寒かったです。

 

さて、話を訪問先であるRSPC TOに戻したいと思います。RSPC TOはミンスクの南方に位置する国立の外傷および整形外科病院です(写真1)。RSPC TOには年間およそ3万人もの患者が紹介され、全整形外科手術は年間8000件あまり、そのうち小児整形外科手術件数は700件以上と、非常に多くの症例数をこなしています。
そのRSPC TOでお世話になったのが、小児整形外科のAleh Sakalouski(アレック・サカロフスキー)教授です(写真2左)。Sakalouski教授はベラルーシ国営放送で特集されるほど有名な先生なのですが、非常にフレンドリーな先生で、訪問中は日々の送迎・食事からアフターファイブまで、ずっと私の面倒をみてくださいました。

 

Sakalouski教授で有名なのが、今訪問の最大の目的であるTriple Pelvic Osteotomyです(写真3・4)。

 

これはAnatoly Sakalouski先生が1974年に編み出した手術法で、重症な股関節疾患に対して非常に効果的な治療法となっています。ちなみに、お気づきのようにAnatoly Sakalouski先生はSakalouski教授のお父上であり、親子そろって国立病院の小児整形外科教授を務める父子鷹(親子鷹)です。

RSPC TOの1日は8時からの全体カンファレンスに始まります。カンファレンスは病院のドクター全員が出席し、Director(病院で一番偉い人)を目の前にして、若い先生達が術前術後のプレゼンテーションを行います。そして、術前に関してはプレゼン後Directorがサインをしていました(写真5・6)。カンファレンスの後は、9時から手術が行われ、小児整形外科は月曜から木曜は1列、金曜日は2列手術を行えるようになっていました。驚いたことに、15時までに終わらなかった手術は、なんと翌日に持ち越されており、とても日本では考えられない慣習でした。そして、15時から再びカンファレンスを行い、16時には全て業務終了となっていました。ちなみに、金曜日だけは14時カンファレンスの15時終了となっており、いわゆるプレミアムフライデーが毎週といった感じでした。

さて、いよいよ手術見学ですが、1例目8歳女児の両側臼蓋形成不全で、早速Triple Pelvic Osteotomyを手洗いして見学させてもらえました。そのメス捌きはまさに電光石火の早業というべきでしょうか、骨切り・ワイヤー固定までわずか45分、閉創まで含めても1時間と驚くべきものでした。しかも、X線透視は用いずに骨切り・ワイヤー固定まで行い、その後にX線撮影を行って確認するだけというものでした(写真7)。ただ、X線透視を用いないのは、30数年前にベラルーシ南東に位置するウクライナ共和国・チェルノブイリで原発事故がおこり、今もなお放射能対策が国家予算の多くを使われながら行われており、そのため医療においても放射線被曝を最小限にとどめておかなくてはいけないからだということでした。
手術を通して他に驚いたことは、このご時世ほとんどのものがディスポであるにもかかわらず、お国柄なのでしょうか、ほとんど全てのものがリユースされていました。それは体内に挿入されるものも同様で、骨端軟骨発育抑制術ではeight Plate様のプレートとスクリューが使用されていたのですが、eight Plateは繰り返し使用することにより破損してしまうとのことで、再利用出来るように独自にプレートとスクリューを作製して使用しているとのことでした。
先述したように、手術は月曜から金曜まで毎日行われ、しかも金曜日は2列同時進行度行われているため、今回訪問させて頂いた正味9日間での手術件数は30症例以上でした。そのうち、小児股関節手術8件を含む計26件の小児整形外科手術に直接手洗いして参加させていただくことができ、当センターで行う手術症例の半年分以上の症例を経験させていただきました。

 


こうしてお話しすると、今回の訪問のほとんどが手術で終わったようになりますが、アフターファイブもしっかりと面倒をみていただきました。夕食はほぼ毎日スタッフの誰かがミンスクの街を観光がてら連れ出してくださり、独りで夕食を食べた記憶がほとんどないと言って良いほどでした(写真8・9)。

 

 

また、休日にはミンスクから離れ、ベラルーシの世界遺産であるミール地方の城と建造物群(写真10)や、街から150km以上離れた湖畔へ教授の家族旅行に泊まりがけで同伴させてもらったり(写真11)、さらにはライフル射撃や戦車に乗せてもらったりと、日本では経験出来ないようなことを数多く経験させてもらいました(写真12・13)。


 

いよいよベラルーシともお別れの時が近づいてきているという頃、教授室にお呼ばれした際に、教授室の壁に掛かった一枚の写真に気付きました。そこには、初めてベラルーシへ単身訪問され、その技術を日本へと持ち帰られた亀ヶ谷真琴先生がスタッフの皆さんと一緒に写っていました(写真14)。その時、これまで良好な関係を築いてくださった先生方のおかげで、このような有意義なフェローライフを送られて頂けたのだと改めて感じ、深く感謝した瞬間でした。

 

最後になりましたが、フェローを設立してくださった岩本幸英先生、藤井敏男先生、国際委員会の中島康晴委員長を始め委員の皆様、また何から何まで私の面倒をみてくださいました和田晃房先生に深謝申し上げます。そして何より、医師3人しかいない当センターにもかかわらず、快く送り出していただいた川野所長を始め、当センタースタッフにこの場をお借りして感謝の意を表したいと思います。今回の経験をしっかりと現場で反映させ、本当の意味でのJPOA Ambassadorとなれるよう日々精進して参りたいと思います。

Source: 日本小児整形外科学会
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